この、廊下に面した部屋に、出の仕度を急いでいた紋之助とおこよに聞こえなかったというのは、尠くとも、ふたりがちっとも気づかなかったというのは、いくら、出方の藤吉や席主幸七の言うように、ちょうどその時武右衛門と代り合って娘手踊りの梅の家連が高座へ上ったばかりで、ここは鳴物のもっともやかましく響く場所なので耳にはいらなかったのだろうとの説明があっても、釘抜の親分には、これがずんと胸に納まるというわけには、いささか往かなかったのだった。
そう言えば、腑に落ちないことだらけである。
高座で力業を演じていた武右衛門を、藤吉は、あんなのにかぎって妙にころりと死ぬものだと言ったが、それが、まさにそのとおりに、まるで藤吉の言葉に従わなければならなかったように、高座を下りると同時に、ここにこうして死んだのも言いようのない不思議ではあったが、これはもちろん、単なる偶然に過ぎないので、しかしそれを、藤吉のにらみに帰して、親分の眼はこうまできくのかと、薄気味悪く呆気に取られているところに、とむらい彦兵衛の藤吉に対する信頼と誇りが見られるのだった。
藤吉は、すこし間がわるい。内心笑いながら、さながら言い当て
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