ねえやな。ちょいと、絞め殺されただけよ。全体、場ふさぎな図体をしやあがって、から[#「から」に傍点]だらしがねえじゃあねえか。なあ、円枝師匠、ははははは。」
「じょ、冗談じゃあねえ、親分」円枝は、どぎまぎして、それでも、嬉しそうに、「若いものを持ち上げなさるのは、罪でさ。あっしは、まだ師匠なんて言われる身分じゃあございません。」
言いながら、ちらとおこよを顧みた円枝の眼に、押さえきれない誇らしい影のあるのを看て取った藤吉は、これは、円枝はこの女に大分心を動かしているな、ことによると、このふたりのあいだに――と、ひそかに結びつけて当りをつけながら、何気なく藤吉が言葉を向けたのは、うしろにいる席主の幸七へだった。
「この梅の家の踊りてえのは、もうじきすむんじゃあねえのかえ。」
「へえ、もう下りますころで。」
「屍骸を見せずに、この部屋から、むこうの溜りへ帰すようにしな。廊下を通らしちゃあいけねえ。」
そういっているところへ、高座の上り口が開いて、眼のまえに華やかな色彩《いろ》が揺れ動いたかと思うと、梅の家の女たちが四、五人、がやがや言って廊下へ降りて来た。
「おい、つぎは花さんだ。」幸七が、高座を明かせまいとして、芸人たちの溜りのほうへ声を高めた。
「花さんは、何をしてる――。」
「おやおや、ものを食うひまもありゃあしない。」
楽屋で弥助を摘《つま》んでいた浮かれ節の花坊主が、口いっぱいに頬張ってもごもごさせながら、
「はい。おん前に候。ごめん下さいまし。」
藤吉たちのあいだをすり抜けて、高座へ出て行った。頭をあおあおと丸めて、古代むらさきのしぼり[#「しぼり」に傍点]のあらい縮緬の羽織をずり落ちそうに、真っ赤な裏をちらちら見せている。
「ええ――かわりあいまして、かわり栄えもございません。毎度お耳お古いところで恐れ入りますが、おあとには、おめあてが続々繰り込んでおりますので、手前はやはり、うきよぶしを二つ三つ、なあんて、いい気なもので、さあ――。」
花坊主の声が、高座うらの藤吉の耳にも、遠く籠《こ》もったものに聞こえて来る。
廊下を行こうとした梅の家連の女たちは、幸七に引き止められて、追われるように、すぐ横側の部屋へ上った。
何ごとが起ったのか――と、不審げにしている若い女たちのまえに、藤吉が立った。
が、そこの廊下に、あの武右衛門が仰向になって横たわっていることが、誰からともなくすぐ伝わったとみえて、急に、女どもの白い顔に、恐怖が来た。
藤吉は、その、一列にならんでいる梅の家連中を、覗って、例の眇《すがめ》で、右から左へ、左から右へ、二、三度じっと、撫でるように見渡していたが、やがて、口の隅から呟くように、
「踊りてえものは、難かしゅうごわしょうな。」
一応、調べられる――と思っていたのが、藪から棒に、この問いだったので、女たちは、変に拍子抜けがして、いそいで互いに顔を見合った。金魚のように、長い袂をゆすって、笑いかけた女もあった。ひとり、少し年長《としかさ》らしいのが、
「はあ。でも、親分さんなどは、お器用でいらっしゃいますから――。」
「はい。おいらだってこれで、まんざらでもねえのさ。」
こういって藤吉は、やにわに、妙な恰好に両足を動かして、踊りの身振りのようなことをして見せた。
梅の家連は、武右衛門の死を忘れて、きゃっきゃっと笑いこけて奥へ駈けこんで行くし、幸七も、ぷっとふきだしたが、本人の藤吉と彦兵衛だけは、にこりともしなかった。
七
「円枝さんは、先に引っ込んだ。おこよさんは、ここで、紋之助師匠と話しこんでいなすったのだね。」
藤吉は、まだそこにぼんやり立っていた円枝とおこよへ、声をかけた。
円枝が、きょとんとして、答えた。
「へえ。あっしは、武右衛門さんに高座を渡して、ずっとこの裏の溜りで馬鹿っ話をしておりました。すぐ帰るつもりだったんですが、来る途中、下駄の緒を切らしてしまって、楽屋番の銀おやじがすげて[#「すげて」に傍点]いてくれるんですけれど、それがなかなか立たねえので――今も、待っているところでございます。」
おこよは、静かな眼を藤吉の顔に据えて、しとやかにうなずいた。
「おまはんに訊くが」と、藤吉はおこよへ、「廊下に、誰も見かけなかったかね?」
「はい。武右衛門さんが高座を下りて、この前を通って行ったきりで――。」
「そりゃあわかってらあな。」
「しばらくして、藤吉どん――出方の藤どんが、おもてから来たようでしたが、そのとき、師匠と一しょに、わたしはこのつぎの間の化粧部屋へはいりましたので、後のことは――。」
「いまはじめて武右衛門の――騒ぎを知りなすった?」
「さようでございます。」
おこよと円枝が、一緒に答えると、藤吉はじっと口びるを咬んでいたが、
「竹
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