、すこしは眼をあけて人を見ていただきましょう。」
「親分、師匠はこの部屋で、おこよさんと何か手真似で話をしていて、」出方の藤吉も、気の毒そうに、「廊下にゃいなかったんですぜ。」
「おうさ。その手真似のことよ。」と、藤吉は、おこよへ笑って、「その時師匠は、鴨居《かもい》越しに、障子のそとへ人形を垂らして見ずに糸を使っちゃあいなかったかな。」
「ええ。そうやって、糸の使いをいろいろ苦心しながら、わたしに指の動かし方を話して聞かせていらっしゃいましたが――。」
 一同の眼が、障子の上を振り仰ぐと、なるほど、鴨居のすかしがあけられて、開きが作られてある。
 藤吉は、笑い出していた。
「早く言やあ、右にも左にも、下にも、犯人の逃《ず》らかるところがねえとすりゃあ。上から飛んで逃げたにきまってらあな。」
 紋之助もにこにこして、
「この年寄りが、あんなところを上ったり下りたり、それに、私にあの力持ちの武右衛門さんが殺せるものですか。馬鹿も、休みやすみ――。」
 いきなり、藤吉の手が伸びて、操り舞台のうえの人形の一つを、掴み上げた。それは、ものものしい頭髪と服装《なり》の、松王丸の人形だった。
「師匠にゃあその力がなくても、師匠の指には、いや、名人の操る糸の先には、金剛力があるのだ。部屋から、鴨居のそとへこの松王の人形を垂らして、これに三味の糸の束ねたのを持たして、操り糸を通す名人の指の先で、軽業師武右衛門を絞めたに相違ねえ――やい、野郎ども、退け!」
 藤吉は、人々を押し退けて空地《あき》を作りながら、「見ねえ、この灯りを背負って、おいらの影は、あんなに大きく映らあ。藤吉どんの見たのあ、人間の影じゃあねえんだ。そら、こりゃあどうだ――。」
 武右衛門の倒れた個所の障子に、松王丸の人形の影をうつすと、小さな人形が光線の関係で普通人の大きさに拡がり、頭が大きく、着物の裾がひらいて袴のように見え、それに、背を曲げて、いかさま傴僂のようである。
 紋之助は、うつむいて小さな声だった。
「おこよを弄《おも》ちゃにしようとして、狙っている様子でしたから、いっそのことと思って――。」
 藤吉が、気の毒そうな表情《かお》になったとき、人々のうしろから太い声がして、
「しかし、人形が首に糸を巻いたぐらいで死んだのは――藤吉親分のまえだが、わたしは、こう思いますね。ぼんやり歩いているところへ、くび
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