撰十は、こうして歳暮《せいぼ》の鮭のように釣り下がったところもなんとなく威厳があって、今にも聞き覚えのある濁《だ》み声で、
「合点長屋の親分でげすかえ。ま、ちょっくら上って一杯|出花《でばな》を啜っていらっしゃい。」
とでも言い出しそうに思われた。それが一つのおかしみのようにさえ感じられて、前へ廻って屍体を見上げたまま、藤吉はいつまでも黙りこくって立っていた。昨夜見た時はぴんぴん[#「ぴんぴん」に傍点]していた人のこの有様に、諸行無常生者必滅とでも感じたものか、鼻汁《はな》を手の甲へすりつけながら、彦兵衛も寒々と肩を竦《すぼ》めていた。梁へ掛けた強い綱が、重い屍骸を小揺ぎもさせずに静かに支えていた。東寄りの武者窓から雪の手伝った暁の光が射し込んで、屍体の足の下に、その爪先きとほとんどすれすれに、宇治[#「宇治」に傍点]と荷札を貼った茶の空箱が置かれてあるのが、浮かぶように藤吉の眼に入った。
「見込みが外れて、捌《さば》けが思うようにつかねえと、じつは昨日朝湯で顔を合した時も、それをひどく苦に病んでおいでのようだったが、解らねえもんさね、まさかこんなことになろうたあ、――あっしも――。
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