、なにかえ桔梗屋さん、他人の意趣返しをされるような心当りでもありやすかえ? いやね、俺あ考えるんだが、どうもこいつああまり江戸じゃあ流行らねえ悪戯だからのう。」
 物堅い桔梗屋八郎兵衛、四角く畏った。
「意趣返しなぞとは思いも寄りません。何一つ含まれるようなことはございませんで、へえ。」
「お糸さんはいく歳だったけのう?」
「取って十七でございます。」
「式部小町、評判だぜ。」
「お蔭様で彼娘《あれ》もしっかり者――。」
「岡目八目、こうっ、大丈夫けえ?」
「ええええ、その方はもう――じつはまだ祝言前ですからお披露目《ひろめ》も致しませんが、許婚《いいなずけ》の婿も決まっておりまするようなわけで、へえ。」
「婿? 耳寄りだな。誰ですい?」
「自家《うち》の弥吉でございます。職人並みに年期を入れさせておりますが、あれは死《な》くなった家内の甥で――。」
「うん、うん、弥吉どん、あの、色の白え、背の高え――そう言えば見えねえが、他行かえ。」
「へえ、十日ほど前に、浦和の実家へ仏事にやりましたが、もう今日明日は戻る時分と――。」
 言っているところへ、
「旦那様、ただ今!」あわただしく駈け込
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