頭常吉、人を分けて飛んで出た。
「親分、早速の御足労、かたじけねえ。」
「お出を待ってね、あれ、あのとおり、何一つ手をつけねえで放っときやした。八丁堀を前に控えてこの手口、なんと親分、てえっ[#「てえっ」に傍点]、惨《むげ》えことをやらかしたものじゃごわせんか。」
と、慌てて開いた衆中《ひとなか》に立った釘抜藤吉、返事の代りにうう[#「うう」に傍点]と唸って見る間に唇を歪めたが、桔梗屋の軒高く仰いで無言。
十二月と二月の八日はそれぞれに事始事納の儀とあって、前夜から家々に笊目《ざるめ》籠を竿の頭《さき》へ付け檐《のき》へ押し立てて、いとこ[#「いとこ」に傍点]煮を食するのがそのころの習慣《しきたり》だった。なるほど今町の左右を見れば、軒並に竹竿が立って、その尖端の笊に雨の点滴《したたり》が光っている。だから、桔梗屋の庇下《ひさし》左寄りの隅にも、天水桶と門柱との間に根元を押し込んで、中ほどを紐で横に結えて、高さ一丈ばかりの青竹が立っているのは、これは少しも異とするにたらないが、その竹の先に、南瓜《かぼちゃ》のように蒼黒く凍《かじ》かんで載っかっている一個の物、それは笊ではなくて、斬
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