芝居茶屋で見染め合ったお糸翫之丞の浮いた仲、金に転んで宿を貸していた乳母のおりき、嗅ぎ[#「嗅ぎ」に傍点]つけて嫉妬の業火に燃え立ったのが片恋の許婚弥吉であった。その行動《うごき》は掌を指すように藤吉が言い当てていた。浦和からの戻るさ、立場《たてば》立場の茶屋で拵えさせた握飯を兵糧に、四日というもの物置に忍んで、昨夜、翫之丞を手に懸けおおせたものの、あまりと言えば細工が過ぎた。お糸を懲らすつもりの青竹獄門も、屍骸のやり場に困じての壁才覚も、結局《つまり》は、釘抜一座の幽霊仕掛に乗って、いたずらに発覚を早めただけの自繩自縛《みからでたさび》に終った。
 証拠の品はことごとく自分の懐中へ移したのが、香袋だけは、竹へ首を刺し立てる時に、抜け落ちて、紫殻の中に填《はま》ったのだった。抱きついて首を掻いた大出刃、血泥《ちみどろ》に染《まみ》れた衣裳、竹の先に懸っていた笊目籠などは、纏めて馬場わきの溝へ押し込んであった。
 聞いてみればまんざら無理からぬ心中だが、凶事は凶事、大罪人に用いる上柄《かみがら》流本繩の秘伝、小刀か笄《こうがい》で親指の関節《ふし》に切れ目を入れ、両の親指の背を合わせ
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