「ひゃあっ!」
 と喚《おめ》いて走り出そうとする。押さえた男、弥吉の顔を壁へ捻じ向ける。とたんに、荒壁の上下左右に火玉が飛んだ、と見えたも瞬間、めりめり[#「めりめり」に傍点]と壁を破って両腕を突き出した人間《ひと》の立姿! それが、
「ひとごろしいっ!」
 と細く尾を引いて、
「う、恨むぞ――取り殺さいでか――。」
 陰に罩《こも》った含み声。弥吉は力なく地面《じべた》へ坐った。
「ゆうべお前に殺された嵐翫之丞の亡霊だ。」壁土のなかから言う。「よくも、よくも、私を、わたしの首を――うう、怨めしやあ!」
「あっ! 御免なさい。」
 弥吉、そこへぴったり[#「ぴったり」に傍点]手を突いた。
 傍らの闇黒が動いた。藤吉親分が起っていた。
「彦、」と壁へ向って、「出て来い。上出来だ。首のねえ幽霊が、それだけ口ききゃあ世話あねえやな――のう、弥吉どん。」
「あっ!」
「これさ、弥吉どん、お前のような人鬼でも怖《こえ》えてことがあると見えるの。」
「――――」
 平伏した弥吉を取り巻いて、桔梗屋へ迎えに行った大男勘次と、今ごそごそ[#「ごそごそ」に傍点]壁の中から出て来た亡者役の彦兵衛とが、む
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