に宿分《ねわけ》していて昨夜も更けてから帰ったくらいだから、今夜も、朝の首にでも気を腐らしておりきの家に泊って来ることと思い、桔梗屋では、別にお糸を案じもせずに一同早寝の支度を急いでいる最中へ、この急使の迎いの者に誰彼の詮議は無用、奥へ通じて提灯へ火を入れる間ももどかしく、許婚の弥吉が、先に立って夜道を走った。
「おお、寒ぶ!」
肩を窄《すぼ》めて弥吉は男を振り返った。
「雪になるかもしれませんね。」
男はだんまり、猫背を丸めて随いて来る。
「雪になるかもしれませんね。」
弥吉は繰り返した。
采女の馬場、左がおりきの住居、右側は西尾長屋の普請場、人通りもぱったり[#「ぱったり」に傍点]絶えて、高い足場の蔭だから鼻を摘まれてもわからないほどの暗さ。石川屋敷の方角で消え入るような犬の遠吠え――。
と、この時、
「う、う、う、う――う。」
普請場の闇黒から、低い囁き。
弥吉の足がその場に停まった。追いついた男、
「や、あ、あれは!」
総毛《そうけ》立った嗄《かす》れ声。沈黙。間。
「う、う、う。」
と今度は一段高く、たしかに壁の中からだ。
呼吸弾ませて立竦んでいた弥吉、
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