四
夜に入って冴え渡った寒空、濃い闇黒《やみ》が街を一彩《ひといろ》に刷《は》き潰して、晴夜《はれ》とともに一入《ひとしお》の寒気、降るようにとまでは往かなくとも、星屑が銀砂子を撒き散らしたよう、蒼白い光が漂ってはいるが地上へは届かないから、中天に霞《かす》んで下は烏羽玉《うばたま》。そんなような千夜のうちの一夜だった。
四つ半ごろ、岡崎町の桔梗屋の表戸を偸《ぬす》むようにほとほと[#「ほとほと」に傍点]と叩く者があった。店をしまっていた弥吉が細目に潜りを開けて見ると、雲突くばかりの大男が頬冠りをして立っていた。が見かけによらず声は優しかった。言うところを聴くと、采女の馬場おりきさんの家で当家のお糸さまが腹痛《はらいた》で苦しんでいる。男手がないから頼まれて来たのだが、誰かひとりしっかり[#「しっかり」に傍点]した人に迎えに来てもらいたいという。
乳母おりきは暇を取って一軒持った後までもしげしげ桔梗屋へ出入りを続けていたし、お糸とは気心も合うかして、母親のない淋しさからお糸がおりき方に寝泊りして来ることも珍しくないどころか、事実、お糸は、月のうちを半々に岡崎町と采女の馬場
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