つけただけでまだ下塗りさえ往っていないのだが、武家長屋の外壁だから分が厚い。それが雨に崩れて、勘次の立っている端のほうは土が落ちかけていた。おりきの家から眼を離した勘次、何気なく鼻先の荒壁を見て、さて、仰天した。
土の中から人間の指が出ていたのである。
紫色の拇指が普請場の壁から覗いていたのだから、勘次は慌てた。もうおりきやお糸どころの騒ぎではない。お長屋頭へ駈け込んで人手を借りて壊れた壁土を剥いでみると、中から出て来たのは縮緬ぞっき[#「ぞっき」に傍点]の粋作り、小柄な男の屍骸《むくろ》で、――首がなかった。
そこへに[#「に」に傍点]組の常吉が普請の用で来合わせたので、共々調べて訊いてみたところが、どうも昨日はここまで土を塗ってなかったという。して見ると、ゆうべのうちに殺っておいて首と胴とを切断《きりはな》し、胴は壁へ塗り込んで、さて、首は――もはや言わずと知れた細工であった。
「常さんがお長屋に居残って死体《たま》の番、あっしゃあひとまず飛んで帰ったわけだが、親分、すぐにも出向いておくんなせえ。」
「勘兄哥、そりゃあお前、采女の馬場だと?」黙っていた彦がこの時眼を光らせた。
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