吉、突然上を向いて狂人のように笑い出した。と、
「親分、ちょっくら!」
入口の勘次、声を忍ばせた。はっ[#「はっ」に傍点]とした藤吉、あわてて笑いを引っ込めると、扉の蔭に駈け寄って勘次の肩越し、戸外を窺った。
人眼が怖いか裏口から、横町へ抜ける細道伝いに娘お糸が今しも自家《いえ》を出るところ、町家にしては伊達者めいた艶姿、さすが小町の名を取っただけ、容色《いろかたち》着付の好み、遠眼ながら水際立って見えた。勘次はあんぐり[#「あんぐり」に傍点]口を開けて、
「好い女子だなあ――勘弁ならねえ。」
と独言《ひとりご》つその背中を、そっ[#「そっ」に傍点]と突いた藤吉、
「勘、尾けろ。」
「へ? 彼娘《あれ》を?」
「そうよ。とち[#「とち」に傍点]るめえぞ。」
「へっへ、言うにや及ぶ。糸桜、てんだ。」
「なにをっ?」
「糸ざくら蕾も雨に濡れにけり、かな。」
「ちゃんちゃら[#「ちゃんちゃら」に傍点]おかしいや。抜かるな。」
「合点承知之助。」
勘弁勘次、影のようにお糸の跡を踏んだ。
合点長屋へ帰ろうとして、藤吉がふ[#「ふ」に傍点]と見ると、縁起直しのつもりであろう、弥吉と小僧が
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