もあり、また興でもある。今度とてぬかってなろうか、藤吉、石のように口を噤《つぐ》んで、歩を拾った。
裏の染場、その蔭に空地、向うに一棟、小さな物置場が建っている。
審《しら》べあぐみ、廻り廻ってこの小屋へ来た藤吉、年久しく使いもしないと見えて朽ちた板戸に赤錆びた錠が下りている。開きそうもない。が、何も試み――と手を掛けると、不思議や、錠は案山子《かかし》、するする[#「するする」に傍点]とひらいた。
「勘、きな[#「きな」に傍点]臭えぞ。」
「さては、火元が近えかな。」
踏み込んだ二人の鼻を、埃の気がむっ[#「むっ」に傍点]と打つ。見まわす土間、狭いから一|眼《め》だ。古い道具やら空箱の類が積んである奥に、小窓を洩れる薄陽の縞を受けて二つ並んだ染料の大甕《おおがめ》、何を思ったか藤吉、転がるように走り寄って覗き込んだ。
甕の底に俵や菰が敷いてある。撥ね退けるとなにやらばらばら[#「ばらばら」に傍点]と飛び出た。
「やっ! 梅干の種だ!」
這うようになおも辺りを見れば、飯粒の乾枯《ひから》びたの、鰹節の破片《かけら》などが、染甕の内外に、些少《すこし》だが散らばっている。釘抜藤
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