ら》んだらしく、それ[#「それ」に傍点]となく訊き質してみたが、ただこの家の吉例だとのこと。
 弥造を肩へ立てて、藤吉、勘次を引具して店について裏へ廻った。
 何人とも解らない首が縁もゆかりもない家の軒に懸っていた。こんなことがあり得ようか。
 顔を滅多斬りにしたのは果して遺恨だけか、または首の身許の知れるのを懼《おそ》れてか。
 竹を外し、笊を取り、首を刺してまた竹を立てておいたものであろうが、それなら、その笊はどこにある? 首のない屍骸はどうした? ここで斬ったのか、外から持って来たものか。吾妻屋とある香袋は、首の主と引っ懸りがあるか。庇の下で細工をする時、犯人の身内からずれて紫殻の中へ落ち込んだのか、あるいは故意《わざ》と隠したのか。いたずらか、脅しか、恨みか。犯人の眼星は――?
 雨がすべての跡を消して、軒下の模様からは何ものも掴めなかった。八丁堀合点長屋を前に挑みかかるようなこの兇状、藤吉、自身の名に対しても心《しん》から犯人を憎いと思った。己れ、挙げずにおかいでか――決意が、深い皺となって釘抜親分の額部を刻んだ。潜《もぐ》り潜って真相《まこと》の底へいたるのが、藤吉の役目で
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