あすっ[#「すっ」に傍点]込んでろ。」
 と睨《ね》めつけた藤吉、
「変事とは変ったこと、何ですい?」
 首きり湯に漬ったまま、出て来ようともしないから、表戸《おもて》の甚八、独りであわてた。
「見たか聞いたか金山地獄で、ここじゃあ話にならねえのさ。岡崎町の桔梗屋《ききょうや》の前《めえ》だ。親分、せいぜい急いでおくんなせえ。」
「あいよ。」藤吉はうだ[#「うだ」に傍点]った声。「人殺しか、物盗《ものとり》か、脅迫《ゆすり》か詐欺《かたり》か、犬の喧嘩か、まさか猫のお産じゃあるめえの。え、こう、口上を述べねえな、口上をよ。」
「桔梗屋の前だ。あっし[#「あっし」に傍点]ゃあ帰って待ってますぜ。」
 格子戸を閉《たて》切ると、折柄の風、半纏を横に靡かせて、甚八、早くも姿を消した。
「あっ、勘弁ならねえ。行っちめえやがった。」
 こう呟いて勘次が振り返った時、藤吉はもう上場《あがりば》に仁王立ちに起って、釘抜と異名を取った彎曲《まが》った脚をそそくさ[#「そそくさ」に傍点]と拭いていた。
「烏の行水、勘、早えが勝ちだぞ。」
「おう、親分、お上りでごぜえますかえ。」
「うん。ああ言って来たん
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