け多くのたましいがさ迷っていることか――あらぬことまで思わせるのだった。
 が、犬は要するに犬である。その吠えるのはつまり勝手に吠えるのである。勘次が甚右衛門を抱いて抛《ほう》り出した後は三人安らかに夢路につこうとした。
「甚右衛門犬、戸惑いしやあがって、いい世話あ焼かせやがったの。」
 釘抜は蒲団から手を延ばして煙草を吸いつけながら、こんなことを言って笑っていた。が、その言葉の終らないうちに、何者か割れそうに雨戸の根にぶつかる音がした。つづいて咬みつくような甚右衛門の声がした。それが家の周囲を駈け廻って火のつくように吼え立てたのだから、義理にも真似にも小鬢が枕についてはいない。かっ[#「かっ」に傍点]とした勘次が薪雑棒《まきざっぽう》を引っ掴んで飛び出そうとすると、藤吉はそれを押し止めて、起きてゆっくり帯を締め直した。そして彦兵衛に戸を開けさせたが、猛り狂った甚右衛門は、血を吐くような鳴声を揚げて、からくり仕掛みたいに格子の敷居を境いに、跳び込んだり躍り出たり、眼に哀訴嘆願の色を見せて戸外へ人を誘おうとする。もはや一刻も猶予はならないと、藤吉は尻をからげた。
「おっ、野郎ども、仕度し
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