額でも山という名をつけたがるのが万事《よろず》に大袈裟な江戸者の癖で、御他聞に洩れず半ば塵埃《ごみ》捨場のこの小丘も、どうやら見ようによってはそうも見えるというので、一般には木槌山《さいづちやま》として通っていた。
 ここへ差しかかった土佐犬甚右衛門、背ろの三人を呼ぶように、さてはまた誰かに合図でもするかのように、一声高だかと遠吠えしたかと思うと、木槌の柄を作《な》して二、三間突き出ている土手の蔭へ走り込んだ。すると、草の間に提灯の灯が動いて、しゃがんでいたらしい人影が、すっくと起ち立った。闇黒に染む濡れた光りの中央に、頤《あご》から上を照されて奇《あや》しく隈《くま》取った佐平次の顔が、赤く小さく浮かび出た。その顔が、掌を口辺へ輪筒《わづつ》にして、けたたましく呼ばわっていた。
「釘抜の衆けえ。ここ、ここ、ここでがすよ。俺あ何です、痺《しび》れを切らして待ってやしたがね、まま何せかにせ、ど[#「ど」に傍点]えれえ騒ぎ――ようこそお早く――へえ。え? いや、実はね、あっしが甚右を使えに出したんで――お寝入りしなをなんともはや――だが、こりゃあ途方もねえことが起りましたよ。さ、ここです。
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