声、空に転がる雷《いかずち》、耳へ口を寄せても根限り呶鳴らなければ通じない。と、この時、うう[#「うう」に傍点]と唸ってまたぞろ甚右衛門が走り出した。まるで、大自然のまえに無気力な人間どもを、仕方がねえから今まで待ち合わせてやったものの、さ、顔が揃ったらそろそろ出かけましょうぜ、とでも言いたげに。
「乗りかけた船だ、突き留めねえことにゃあ気がすまねえや。」藤吉は合羽の紐を結びながら、「勘的、われ、先発。」
「あいしょ。」
あれから大川寄り、南飯田町うらは町家つづきだ、寒さ橋の袂から右に切れて、痛いほどの土砂降りを物ともせず、勘弁勘次を頭に釘抜藤吉に葬式彦兵衛、甚右衛門を追って遮二無二に突き進んだ。上柳原へ出ようとする少し手前に、そこだけ河へ食い込んでいるところから俗に張出し代地と呼ばれる埋立があって、奥は秋本|荀竜《じゅんりゅう》の邸になっているが、前はちょっとした丘で雑草の繁るに任せ、岸近くには枝垂《しだ》れ柳が二、三本、上り下りの屋形船《やかた》とともに、晩霞煙雨《ばんかえんう》にはそれでもなにやら捨てがたい趣きを添えていたもの。もとより山とは言うべくもないが、高いところなら猫の
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