い。」
と呼んでも返事がない。橋の上で藤吉は着物をかなぐり捨てるなり、欲しがる風にくれてやった。元結が切れて、頭髪をばっさり[#「ばっさり」に傍点]被った勘弁勘次が、泥を掴んで追いついた。
「勘か。」
「おう、親分。」
相方何か言っているらしいが双方ともに聞こえない。とたんにぴかり[#「ぴかり」に傍点]っ、一時、あたりが白じらと明るくなる。
「お、あすこに彦! 勘、来い。」
「まいりやしょうぜ。」
身体を斜に風の当りを弱めながら小笠原|長門守《ながとのかみ》様前を突っ切ると、次の一廓が松平修理太夫と和気《わけ》行蔵の二構え、お長屋門の傍から松が一本往来へ枝を張っている。その下に彦兵衛が立ち、彦の足許に、名犬甚右衛門がうずくまっていた。
裸体《はだか》の親分を見るより早く、彦兵衛は己が合羽を脱いで着せる。序でにいまいましそうに、
「こん畜生め、」と甚右衛門を蹴って「親分、この犬あき[#「き」に傍点]の字でさあ。ちっ、目的もなしに吠え立てやがったに違えねえ。真に受けて飛び出して来たわしらこそ好え面の皮だ。機《とき》もあろうにこの荒ん中を――。」
生樹の悲鳴、建物の響き。地を叩く雨
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