が目標をなくして道に迷う。つまり、甚右衛門と親分との中間《あいだ》に立って鎖の役を勤めようという、これは昼日中でさえ相当の難事なのに、かてて加えてこの闇《くら》さ、この吹降り。彦兵衛、同時に前後《あとさき》に気を使いながら突風に逆らって行くのだが、なかなか容易な業ではない。が、そこはよくしたもので、甚右衛門は絶えず音を立てているから、それを知辺に方向が定められる。また、彦兵衛が少し遅れると、甚右衛門は角かどに立停まって待っていてくれた。実際、弾正橋から白魚橋へ曲ろうとする地形の複雑《こみい》った場所なぞでは、一度ならず二度三度、甚右衛門は駈け戻って来て、氷のように冷い鼻頭を彦の脚へ擦りつけたり、邪魔になるほど、踏み出す爪先にまつわり立ったりしておいて、再び案内顔に走り抜けたくらい。
甚右衛門は犬である。鋳《い》かけ屋佐平次の唯一の伴侶《とも》、利口者として飼主よりも名の高い、甚右衛門は犢《こうし》のような土佐犬であった。
その犬に先達されて、藤吉部屋の三人、こけつまろびつ御門跡の裏手を今は備中橋へかかった。雨風は募《つの》る一方、彦兵衛はよほどさきへ行っているとみえて、
「おう――
前へ
次へ
全32ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング