ぎた。胡坐《あぐら》を揺るがせながら、縷々《るる》として始める。
「矢文の天誅[#「天誅」に傍点]は欺《まやか》しだ。なあ、真正の犯人がなんでわざわざ己が字を残すもんけえ。土台、あの矢が弓で射たもんなら、ああ着物を破いちゃあ身へ届くわけがねえ。それに、弓ならあんなに汚なく血が出やしねえや。顔《そっぽ》だって、もちっと綺麗に、歪《ゆが》んじゃいねえはず。ありゃあお前、弓矢じゃねえぜ、うんにゃ、矢は矢だが、背後から抱きすくめて手でこじりこせえたもんだ。その証拠を言おうか。仰向《おうのけ》の胸に直に立った矢が、見事二つに折れてたじゃあねえか。手で無理をしねえかぎり、矢が折れるってえ道あねえ。」
「しかし親分、」と彦兵衛、「その御家新は逸見流の――。」
「逸見流の矢は、もそっと長え。」藤吉は眼を閉《つぶ》ったまま、「関の六蔵|一安《かずやす》三十三間堂射抜の矢、あれだ。いやに太短えもんなあ。」
「へえい! するてえと?」
「往来で殺《や》ってあそこへ引いてった。すりゃこそ、提灯も履物も八百駒の物ばかりで、草加屋のは一つもねえ。」
「その理は?」
「決ってらあな。伊兵衛は八百駒へ行ってて先で嵐《
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