たして後に、御家新の姿が見えた。と、闇黒の奥で弦音《つるおと》、とたんに矢風、藤吉とっさに泥に寝た。間一髪、矢は傍の小石を散らしてかちり[#「かちり」に傍点]と鳴る。呼吸を潜めた藤吉の前へ、首尾を案じて男の影が、弓を片手に現れた。充分仕留めたつもりらしい、頭上立って、今や止めを刺そうとする。白刃一閃、そこを藤吉、足を上げて蹴る、起きる、暗いから所在《ありか》もよくは解らないが、猛然と跳りかかったら、運よく確《し》かと抱きついた。と思ったも束の間、敵もさる者、声も立てず顔の形にも触らせずにするり[#「するり」に傍点]と振り切る。倒れながらも藤吉袖口を握った。走り出す男。小兵の藤吉、橇《そり》のように引きずられた。が、指のかかりが抜けて、闇黒から出た男は一目算に闇黒へ消えた。泥にまみれた藤吉、伊兵衛を殺したのと同じ拵えの太短い矢を拾っては、今さらのように身顫いを禁じ得なかった。
「彼男《あれ》だ、俺にゃあもうわかってる!」
会心の笑みが、泥だらけの藤吉の顔を綻ばせた。
五
「や、親分、どうしましたえ。」
佐平次が飛んで出た。
「転んだ。白痴《こけ》の一人相撲。面目ねえ。
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