彦、用が済んだら佐平次どん方へ――待ってるぜ。彦、如才《じょさい》あるめえが八百駒あやんわり[#「やんわり」に傍点]な。」
言うあいだにも遠ざかる親分乾児、裸体の二人は東西へ、藤吉佐平次は犬を追って、暴風雨のなかを三手に別れた。
四
御軍艦操練所に寄った肴店《さかなだな》のと[#「と」に傍点]ある露地、一軒の前まで来ると、甚右衛門は動かない。佐平次は顔色を変えた。藤吉が訊く。
「だれの住居ですい?」
「お心易く願っている御浪人で、へえ、なんでも以前はお旗下の御家来だとか――こわあい方で、いや、こりゃあ大変なことになりましたわい。」
「名は?」
「御家新《ごけしん》。逸見《へんみ》流の弓の名人だそうで、へえ。」
「なに、弓の名人? 御家新? ふうむ、やるな。」
藤吉は壺を伏せる手つきをした。うなずく佐平次を、甚右衛門とともに先へ帰らせておいて、藤吉、戸を叩いて案内を求めた。二間きりらしい荒れ果てた家、すぐに御家人くずれの博奕《ばくち》こき、あぶれ者の御家新が起きて来た。やたらに天誅ぐらいやりかねないような、いかさま未だ侍の角が落ち切れないところが見える。藤吉は気を配
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