あれ》になって借りて来たんだ。杖は荷になると見て預けて出た――どうでえ。」藤吉は続ける。「人間にゃあ変《ひょん》な気性があっての、三つ四つから物を画く。形にならねえ物をかく。三つ児の魂百までだ、それが抜けねえ。ええか、もっとも十人十色、形あ違う。が、なくて七癖あって四十八癖、ぼんやりしてる時あお互えによく為体の知れねえ図面や模様を塗たくるものよ。のう、先刻からお前たちに筆を預けて、俺らあ寝た風《ふり》をしてたが、勘、われあ何を書《け》えた?」
「蚯蚓《みみず》の行列、はっはっは、だらしがねえや。」
「彦は?」
「屑っ籠の目でがしょう、自身にもはっきりしやせん。」
「佐平次どん、お前さんは?」
 佐平次、丸めて捨てようとした。逸早く藤吉が奪った。見ると、墨黒ぐろと三角の形!
「木槌山の柳の下に、矢尻で掘ったこの印しがあったけのう。」
「それがどうとかしましたかえ。」
「や!」藤吉は佐平次の裾を指さした。赤い染点《しみ》が付いている。「そりゃあ何だ、そりゃあ?」
「これか、」がらり巽上《たつみあが》りに変った佐平次、「血じゃあねえから心配するな。」
「血じゃあねえと? おう、血なら水に落ちべえさ。」
「見てろ。宜しか。」
 水差の水を染点へ垂らして、佐平次、手で揉んだ。落ちない。
「見やあがれ、血じゃあねえや。」
「ほう、何だ?」
「百合だ、百合の蕊《しべ》だ。」
「なるほど、百合の蕊なら洗ってもおちめえ。が、その百合あどこでつけた?」
「爺つぁん、耄碌《もうろく》しっこなしにしようぜ。木槌山の柳の下に、五万何ぼも咲《せ》えてたじゃねえか。嫌だぜ、おい。」
「うん。そうか。だがの、百合あお前が来る前に、彦がそっくり河へ捨てたはずだ。そいつをお前、どうして知ってる?」
「――――」
 眼配せ。勘が背へ廻る。彦兵衛は上框《あがりがまち》に立った。
「やい、何とか音《ね》え出せ。」
「――――」
 佐平次の手が鉄瓶を探る。が、彦がとっくに下ろしてある。
「佐平次っ!」藤吉の拳、佐平次の鬢《びん》に飛んだ。「眼が覚めたか、どうだっ!」
「御用!」
 一声、勘次はどっか[#「どっか」に傍点]と佐平次を組み敷いていた。
 押入れを捜すと、さっき藤吉を襲った弓矢が出て来た。それが佐平次の口を開いた。
 浅草奥山の揚弓場女に迷った末、佐平次が伊兵衛の高息の金に苦しんでいると、女に情夫のあることが知れた。探ってみると、それが賭場で顔見知りの御家新なので、一石二鳥と出かけて今夜草加屋殺しを演じ、犬を使って疑いの矢を恋|仇敵《がたき》へ向けようとしたのだった。伊兵衛が死際に何か言ったというのも、その指先の地へ八百駒の提灯を置いておいたのも、すべて彼の、事を入り組ませようとした肚にほかならない。犬を尾けるどころか、自分が犬を動かして御家新の家まで行ったのだが、なんとなくあぶなく思って、人もあろうに釘抜藤吉を亡き者にしようとし、そして、すぐに帰って何食わぬ顔をしていた。
 引き立てられて、佐平次が腰を上げると、土間にいた甚右衛門、泣くような瞳で主人を凝視《みつ》めた。この時、表戸がほとほと[#「ほとほと」に傍点]鳴って、声がした。藤吉あわてて佐平次の口を押さえた。
「おうっ、鋳かけ屋、いるか。俺だ、新だ。手慰《てあそ》びも危ねえぜ。今し方すかねえのが来てな、どこへ行ったと言うのだ。場へ手がはいっちゃあやりきれねえから、お前んとこにいたと言っといたぞ。うまく合わしてくれ。」
 家内では三人、首引っ込めて舌を出す。彦が答えた。
「あいよ、合点。」



底本:「一人三人全集1[#「1」はローマ数字、1−13−21]時代捕物釘抜藤吉捕物覚書」河出書房新社
   1970(昭和45)年1月15日初版発行
入力:川山隆
校正:松永正敏
2008年5月20日作成
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