藤吉は嘯《うそぶ》いた。
「逸見流弓術の名人、御家新。甚右衛門が嗅ぎ当てました。」と佐平次。
「そのことよ。」と藤吉しばらく瞑目していたが、「佐平次どん、筆を三本、紙が三枚、何でもいい、あったら出して筆にたっぷり[#「たっぷり」に傍点]墨を含ませて、銘々に筆と紙を渡してやんな。お前さんも筆を取って。」
三人、膝に紙を伸べて、筆を持って、不思議そうに控えた。藤吉は手枕、横になっている。
「さ、みんな俺らの言うことを書くんだぞ。」
「勘弁ならねえが、」と勘弁勘次、「こちとら無筆だ。」
「勘、黙ってろ。」
「へえ。」筆の穂を舐めて三人は待っている。ところが藤吉、ぐう[#「ぐう」に傍点]ともすう[#「すう」に傍点]とも言わない。いや、そのうちぐうすう[#「ぐうすう」に傍点]言い出した。高鼾《たかいびき》である。
三人が三人とも、やがて持てあます退屈。
とうとう彦が、我慢し切れずに声を掛けた。
「親分え、もし、親分え。」
勘次も和した。
「御家新とやらを押せえに出張《でば》ろうじゃごわせんか。」
大欠伸《おおあくび》と一緒に身を起した藤吉、仮寝《うたたね》していたにしては、眼の光が強過ぎた。胡坐《あぐら》を揺るがせながら、縷々《るる》として始める。
「矢文の天誅[#「天誅」に傍点]は欺《まやか》しだ。なあ、真正の犯人がなんでわざわざ己が字を残すもんけえ。土台、あの矢が弓で射たもんなら、ああ着物を破いちゃあ身へ届くわけがねえ。それに、弓ならあんなに汚なく血が出やしねえや。顔《そっぽ》だって、もちっと綺麗に、歪《ゆが》んじゃいねえはず。ありゃあお前、弓矢じゃねえぜ、うんにゃ、矢は矢だが、背後から抱きすくめて手でこじりこせえたもんだ。その証拠を言おうか。仰向《おうのけ》の胸に直に立った矢が、見事二つに折れてたじゃあねえか。手で無理をしねえかぎり、矢が折れるってえ道あねえ。」
「しかし親分、」と彦兵衛、「その御家新は逸見流の――。」
「逸見流の矢は、もそっと長え。」藤吉は眼を閉《つぶ》ったまま、「関の六蔵|一安《かずやす》三十三間堂射抜の矢、あれだ。いやに太短えもんなあ。」
「へえい! するてえと?」
「往来で殺《や》ってあそこへ引いてった。すりゃこそ、提灯も履物も八百駒の物ばかりで、草加屋のは一つもねえ。」
「その理は?」
「決ってらあな。伊兵衛は八百駒へ行ってて先で嵐《
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