」
「おお、な、何と、何と言ったえ。」
「へえ。俺にゃあわかってる、と口早にね、それだけは聞こえましたが――。」
「なに? 俺にゃあわかってる?」
「へえ。俺にゃあわかってる[#「俺にゃあわかってる」に傍点]――して親分、ああして手で何か指さしながらがっくり[#「がっくり」に傍点]なりましたよ。あああ、嫌な物を見ちまいました。」
なるほど、死人が草の上に延ばした右手人差指の先、そこに畳み提灯がぶら[#「ぶら」に傍点]のまんま抛り出されて、筆太に八百駒《やおこま》と読める。
三
「弓を射たたあ親分、大時代な殺しでごぜえすの。」
勘次が口を出した。が、藤吉は答えもしないで、
「矢が、これ、折れてやがる。中ほどからぽっきり[#「ぽっきり」に傍点]――はてな。」と独語《ひとりご》ちながら、その矢をぐい[#「ぐい」に傍点]と引抜いた。わりに短い。と見ていると、矢羽の下に、勧進撚《かんじんより》が結んである。濡れて破けそうなのを丹念に解いて、拡げた。案の定、矢文である。天誅[#「天誅」に傍点]と二字、達者な手だ。
「弓矢と言い、この文句といい、素町人じゃあねえな。」
親分の肩越しに葬式彦が首を捻った。
「あいさ、いっそ難物だあね。」
同ずる勘次。藤吉、しきりに髷をがくつかせていた。
鬼草《おにそう》というのが、今宵人手にかかって非業《ひごう》の死を遂げた草加屋伊兵衛の綽名だった。鬼というくらいだから、その稼業《しょうばい》も人柄もおよそは推量がつこうというもの。草加屋は実に非道を極めた、貧乏人泣かせの高息の金貸しであった。二両三両、五両十両といたるところへ親切ごかしに貸しつけておいては、割高の利息を貪《むさぼ》る。これが草加屋の遣口《やりくち》だった。貸す時の地蔵顔に取り立てる時の閻魔面、一朱一分でも草加屋に廻してもらったが最後、働き人なら爪を擦り切らしても追いつかないし、商人《あきんど》は夜逃げかぶらんこ[#「ぶらんこ」に傍点]がとどの結着《つまり》。まったく、鬼草に痛めつけられている借人は、この界隈だけでも生易しい数ではない、と言う人の噂。
「血も涙もねえ獣でさあ。あっしゃあいつか人助けのためにあの野郎を叩っ殺してやるんだ。いい功徳になるぜ。」
「あん畜生、生かしちゃおけねえ。」
「鬼の眼にも泪と申す。草加屋伊兵衛は鬼でもないわ。豚じゃ、豚じゃ、山
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