は身を引いた。
「お馴染の八丁堀ですい。」
と藤吉は軽く笑って、
「この里で御用呼ばわりはしたくねえんだ。お前だって女子衆の前でお繩頂戴も気のきかねえ艶消しだろう。大門出るまで放し捕りのお情だ。喜三、往生ぎわが花だぞ、器用に来い。」
女たちは悲鳴を揚げて一度に逃げ散った。下駄を脱ぐと同時に男は背後を振り返った。が、そこには勘次がやぞう[#「やぞう」に傍点]を極め込んでにやにや[#「にやにや」に傍点]笑って立っていた。男も笑い出した。
「蚤取り喜三郎、藤吉の親分、立派にお供致しやすぜ。」
と、そうして傍らの伝二郎を顧みて、
「清水屋さん、ま、胸を擦っておくんなせえ。」
嬉しそうに伝二郎は微笑した。
「相棒は?」
と藤吉が訊いた。
「弟の奴ですかい――?」
喜三郎はさすがに悲しそうに襟のあたりを二、三度とびとびに摘《つま》んでから、
「へっ、二階でさあ。」
「勘。」
と藤吉が眼で合図した。
鼻の頭を逆さに一つ擦《こす》っておいて、折柄沸き起る絃歌の二階を、勘弁勘次はちょっと振り仰ぎながら、
「あい、ようがす。」
と広い梯子段を昇って行った。あれ、夜空に屋が流れる。それを眺
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