来た兜町らしい男を見ると、伝二郎は素早く逃げ出そうとした。
「どうした?」
 と藤吉はその袖を掴んだ。
「あれ[#「あれ」に傍点]です!」
 伝二郎は土気色をしていた。
「違えねえか、よく見ろ。」
「見ました。あれです、あれです。」
 と伝二郎は意気地なくも、ともすれば逃げ腰になる。火照《ほて》った頬を夜風に吹かせて、男は鷹揚《おうよう》に歩いて来る。
「よし。」
 釘抜藤吉は頷首《うなず》いた。
「勘、背後へ廻れ、めったに抜くなよ――おう、伝二郎さん、訴人が突っ走っちゃいけねえぜ。」
 苦笑と共に藤吉は、死んだ気の伝二郎を引っ立てて大胯《おおまた》に進んだ。ぱったり出遇った。
「大須賀玄内!」
 と藤吉が低声で呼びかけた。欠伸《あくび》をして男は通り過ぎようとする。
「待った、河内屋の御隠居さま!」
 言いながら藤吉はその前へがたがた[#「がたがた」に傍点]震《ふる》えている伝二郎を押しやった。顔色もかえずに男は伝二郎を抱き停めた。
「おっと、これは失礼――。」
「喜三郎。」と藤吉は前に立った。「蚤取《のみと》りの喜三さん、お久し振りだのう。」
 ぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]として男
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