横に振った。
「寮から家主の隠居所までは?」
「小一町もありますかしら。」
「裏から抜けて走って行きゃあ――?」
「さあ、ものの二分とはかかりますまい。」
「ふふん。」と藤吉は小鼻を寄せて、
「伝二郎さん、敵討ちなら早えがよかろ。今夜のうちに縛引《しょっぴ》いて見せる。親船に乗った気で、まあ、だんまりで尾いてくるがいいのさ。」
御台場から帰ったばかりの勘弁勘次を、万一の場合の要心棒に拾い上げて、伝二郎を連れた藤吉は、みちみち勘次にも事件を吹き込み、宿場端れの泡盛屋《あわもりや》で呑めない地酒に時間を消し、すっかり暗くなってから、品川の廓街《くるわまち》へべつべつの素見客《ひやかし》のような顔をして銜《くわ》え楊枝で流れ込んで行った。
「喜三ほどの仕事師だ。あぶく[#「あぶく」に傍点]銭を取ったって、人眼につき易い大場所の遊びはしめえと、そこを踏んで此里《ここ》へ出張ったのが俺の白眼《にら》みよ。それが外れりゃあ、こちとら明日から十手を返上して海老床へ梳手《すきて》に弟子入りだ。勘、その気でぬかるな。」
「合点承知之助――だが、親分、野郎にゃ小指《れこ》がついてたってえじゃごせんか。し
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