を取り出して足袋の埃を払おうとした。
「見らるるとおりの男世帯じゃ。そのままで苦しゅうない。さ。これへ。」
と玄内は高笑いを洩らした。それに救われたように、伝二郎は小笠原流の中腰でつつ[#「つつ」に傍点]っと台所の敷居ぎわまで、歩み寄って行った。
「そこではお話も致しかねる。無用の遠慮は、身共は嫌いじゃ。」
「へへっ。」
座敷へ直るや否や伝二郎はぺたんと坐ってしまった。後へ続いて板の間に畏《かしこま》りながらも、理由《わけ》を知らない丁稚は、芝居をしているようで今にも吹き出しそうだった。
玄内は上機嫌だった。一服立ておったところでござる。こう言って彼は風呂《かま》の前に端然《たんぜん》として控えていたが、伝二郎にも、それから丁稚にさえ自身《てずから》湯を汲んで薄茶を奨めてくれた。伝二郎がおずおず横ちょに押して出した菓子箱は、その場で主人の手によって心持ちよく封を切られて、すぐさまあべこべ[#「あべこべ」に傍点]に饗応《もてなし》の材料に供せられた。浪人らしいその豁達《かったつ》さが伝二郎には嬉しかった。いつともなく心置きなく小半刻あまりも茶菓の間に主客の会談が弾《はず》んだのだっ
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