しながら、
「いいわ、近けりゃあそこまで身共が送ってつかわす。宅はどこじゃ?」
 伝二郎は慌てた。
「なに、その、もう大丈夫なんで。お志だけで、まことにありがたい仕合せでござります。」
 自家《うち》まで尾《つ》いて来られては、父母や女房の手前もある。ましてこの為体のしれない物騒《ぶっそう》な面魂《つらだましい》、伝二郎は怖気《おぞけ》を振ったのだった。
「袖摺《そです》り合うも何とやら申す。見受けたところ大店の者らしい。夜路の一人歩きに大金は禁物じゃ。宅を申せ、見送り届けるであろう。住居はどこじゃ?」
 青くなって伝二郎は震《ふる》え上った。一難去ってまた一難とはこのことかと、黙ったまま彼は頷垂《うなだ》れていた。
「迷惑と見えるの。」
 と、侍は察したらしかった。
「なんの、なんの、迷惑どころか願ったりかなったりではござりまするが、危いところを助けて戴きましたその上に、またそのような御鴻恩《ごこうおん》に預りましては――。」
「後が剣呑《けんのん》じゃと申すのか、はっはっは。」
「いえ、」と、今は伝二郎も酒の酔いはどこかへ飛んでしまって、「それでは、手前どもが心苦しい到りでございま
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