のある若い身空じゃ。命だけは助けて取らせるわ。これに懲《こ》りて以後気をつけい――命冥加《いのちみょうが》な奴め。行けっ。」
侍の太い声が伝二郎の鼓膜《こまく》へまでびんびん[#「びんびん」に傍点]と響いて来た。言いながら手を突っ放したらしい。二、三度よろめいたのち、何とか捨科白《すてぜりふ》を残して、迫り来る夕闇に女は素早く呑まれてしまった。
伝二郎と侍とが町の真中で面と向って立った。忍び返しを越えて洩れる二階の灯を肩から浴びた黒紋付きに白博多のその侍は、呼吸を切らしている伝二郎の眼に、この上なく凜々《りり》しく映じたのだった。五分|月代《さかやき》の時代めいた頭が、浮彫《うきぼり》のようにきり[#「きり」に傍点]っとしていて、細身の大小を落し差しと来たところが、約束通りの浪人者であった。水を潜ったそのたびに色の褪《あ》せかけた、羽二重もなんとなくその人らしく、伝二郎の心には懐しみさえ沸《わ》き起るのだった。腕に覚えのありそうな六尺豊かの大柄な人だった。苦み走った浅黒い顔が、心なしか微笑んで、でも三角形に切れの長い眼はお鷹《たか》さまのように鋭《するど》く伝二郎を見下していた。気
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