すけやっこ》を呼ぶ紅葉湯の拍子木《ひょうしぎ》が手に取るよう――。
 軒下の竹台に釘抜のように曲った両脚を投げ出した目明し藤吉、蚊遣《かや》りの煙を団扇《うちわ》で追いながら、先刻《さっき》から、それとなく聴耳を立てている。天水桶の陰に、しゃがんで、指先でなにかしきりに地面へ書いているのは、頬冠《ほおかむり》でよくはわからないが乾児《こぶん》の勘弁勘次《かんべんかんじ》。十三夜の月は出でて間もない。
 どっ[#「どっ」に傍点]と起る笑い。髪床の親方甚八とに[#「に」に傍点]組の頭常吉との向い拳で、甚八が鉄砲と庄屋の構えを取り違えたという。それがおかしいとあってやんや[#「やんや」に傍点]と囃《はや》す。その騒ぎの鎮まったころ、片岡町の方から、あるかなしかの風に乗って不思議な唄声が聞えてきた。銀の伸板《のべ》をびいどろ[#「びいどろ」に傍点]の棒で叩くような、それは現世《このよ》のものとも思えない女の咽喉《のど》。拳の連中は気がつかないが、藤吉はぐい[#「ぐい」に傍点]と一つ顎をしゃくって、
「来たな!」
 という意《こころ》。勘次は頷首《うなず》く。
「彦の野郎うまくやってくれりゃあ好
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