その隠家へ行った与惣次は、酒に羽目《はめ》を外《はず》してさんざん自身のことをしゃべった後、一服盛られて宵の内にあの世へ行ったのだった。したがって、影法師三吉が検めた新仏《しんぼとけ》はいうまでもなく代玉《かえだま》の与惣次であった。これで悪党夫婦が逐電してしまえば富五郎の死骸が見えずなったというだけのことで一件は忘れられたかもしれないが、そこは虎の尾を踏みたい妙な心持と、一つには与惣次失踪から足のつくことを懼《おそ》れて、与惣次の内輪話を資本に、頭を剃って夢物語に箔を付け、女房の一筆と高飛の路銀を持って余熱《ほとぼり》の冷める両三日をと次郎兵衛店に寝に来たところを、その坊主頭と旦那旦那という呼言葉と、絶えず光を背にしようとした心遣い、最後に常吉への借銭《かり》云々《うんぬん》の鎌掛けでさすがの悪も釘抜親分の八方睨みに見事見破られたのであった。
 家財を纏めて熊谷在の知人方《しりびとがた》に良人《おっと》を待っていた女房のお若も間もなく御用の声を聞いた。
 翌る十二日の槍祭、お米蔵は三吉の渡し、松前志摩殿の切立石垣《きりだていしがき》に、青坊主の水死人が、それこそ落葉のように笹舟のよう
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