はそれこそ天狗の巣のように皆目《かいもく》当《あたり》が立たなかった。
 人心|噪然《そうぜん》としてたださえ物議の多い世の様、あらぬ流言蜚語《りゅうげんひご》を逞《たくまし》うする者の尾に随いて脅迫《ゆすり》押込《おしこみ》家尻切《やじりきり》が市井《しせい》を横行する今日このごろ、卍の富五郎の突留めにはいっそうの力を致すようにと、八丁堀合点長屋へも吟味与力後藤|達馬《たつま》から特に差状《さしじょう》が廻っていた、それかあらぬか、ここしばらくは、釘抜藤吉も角の海老床の足すら抜いて、勘次彦兵衛の二人を放ち刻々拾ってくるその聞込みを台に一つの推量をつけようと、例になく焦《あせ》る日が続いていたが――。
 夕陽を避けて壁際に大の字|形《なり》に仰臥した藤吉、傍に畏る葬式彦と緒《とも》に、いささか出鼻を挫《くじ》かれた心持ちで、に[#「に」に傍点]組の頭常吉の言葉に先刻から耳を傾けている。
 家路を急ぐ鳥追いの破れ三味線、早い夕餉《ゆうげ》の支度でもあろうか、くさや焼く香がどこからともなく漂っていた。
 三川島の浄正寺門前、田圃の中の俗に言う竹屋敷に卍の富五郎が女房と一緒に潜んでいることを
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