て引き出そうとする、出まいとする、その格闘《あらそい》の気勢《けはい》。と知るや、物をも言わずに味噌松は階下へ跳び下りる。
「あれいっ、幸ちゃん――。」
 立ち上るが早いか、おみつは血相かえて降口へ。
「待て。」
 藤吉が押えた。
「待て。よっく落ち着いて返答|打《ぶ》てよ。」
 と死物狂いのおみつを窓際へ引きずって行って、さらり[#「さらり」に傍点]と障子を開ければ鎧の渡しはつい[#「つい」に傍点]眼の下。烏の群が立っては飛び、疲れては翼を休める岸近くの捨小舟は――。
「ほかじゃあねえが、あそこにゃあああ[#「ああ」に傍点]いつも勘三郎がいますのかえ?」
「いいえ、ほんのこの二、三日。」
 と聞くより藤吉はおみつを促して、悠々と階下へ降りて行った。
 台所の板敷に若い男が平伏《ひれふ》している。
 裏通りの風呂屋の三助で、名は幸七、出来て間もないおみつの隠男《かくしおとこ》であった。肌の流しが取り持つ縁で二人はいつしか割りない仲となり、久松留守の札で良人の不在を知らせては、幸七を忍ばせて、おみつは不義の快楽《けらく》に耽っていたのだったが、昨夜も昨夜とて――。
「今朝早く帰るつもりで
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