浮いた沙汰などついぞ[#「ついぞ」に傍点]世間に流れたことはなかった。孫右衛門実母お定の探索《たんさく》の要で藤吉も今まで二、三度会ったことはあるが、こうしてつくづく顔を見るのはこれが初めて。さすがに泣き腫らした眼から鼻へ、いかにも巧者な筋が通っているのを、藤吉は素早く看て取った。帰らぬ良人を待ち侘びて独寝《ひとりね》を辿ったものか――部屋はこぢんまり[#「こぢんまり」に傍点]片づいていた。
「釘抜の親分え。」いきなり味噌松が沈黙を破った。「お神さんの利益にゃあならねえが、思い切って申し上げやしょう。始め、わっちが裏戸を叩いて、大変だ大変だ、旦那が大変だ、って報《しら》せたと思いなせえ。するてえと、起きてたものと見えてお神の声で、なんだえ、松さんかえ、朝っぱらから騒々しい、今行くよ、って言うのが二階から聞こえやした。」味噌松は上手におみつの声色を聞かせた後、「で、わっしゃあすぐと蔵へ取って帰したが、お神はなかなか出て来ねえんで。日和《ひより》を突っかけて姿を見せるまでに、なんだか、莫迦に台所をがたがた[#「がたがた」に傍点]言わせていやしたよ。」
 藤吉は唾を呑んだ。そして、おみつに向
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