体にけつまずいた時にゃあ、さすがのあっし[#「あっし」に傍点]も胆を潰したね。へえ、それからすぐとお内儀を起して蔵へつれてって、小僧二人を親分とこと、こりゃあまた余計なことかもしれねえが、桜馬場へもね、へえ、走らせやしたよ。」
「駒蔵さんさえ見ればすぐ片がつくだろうて。なあ、親分。」
苦々しそうに勘次が言った。藤吉は答えなかった。地面へ顔を押しつけんばかりに不意に屈《かが》んだ藤吉は、孫右衛門の足跡を食い入るように眺めていたが、
「松さん、昨夜雨の降ったのは――。」
「よくは知らねえが四つ半ごろから八つぐれえまで、夢|現《うつ》つに雨の音を聞いたように記憶《おぼ》えていやす。」
「ふうん。」と藤吉は背を伸ばして、「してみりゃあ、八州屋さんはたしかに四つ半から八つまでの間に帰って来なすったんだ。これ、この足形を見ねえ。歯跡が雨に崩れてよ。中に水が溜ってらあな。どだいこの跡はあまり新奇なもんじゃねえ。草鞋と日和に較べて、深えばかりでだらし[#「だらし」に傍点]がねえのは、後から雨に叩かれたからよ。そう言やあ、蔵の仏もずぶ濡れだったのう。なあ、松さん。」
そこへ彦兵衛が帰って来た。
「え
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