。手の埃りを払って歩き出した。
「彦、来い。もうここにゃあ用はねえ。」
 外へ出ると、勘次が詰まらなそうに立っていた。味噌蔵から勝手口まで長さ二間ばかりの杉並四分板を置いた粘土の均《なら》し、その土の上に、草鞋の跡と女の日和下駄《ひよりげた》の歯形とがはっきり着いている。二つとも新しい。大小裸足の足跡は八丁堀の三人と先刻案内した小僧のもの、藤吉はあたりを見廻して、
「足形が三つあるのう。足駄のは孫右衛門のもんで、こりゃあ表通りから左の路を踏んで蔵へはいってそれなりけり[#「それなりけり」に傍点]と。この女郎の日和はお内儀で、勝手と蔵を一度往来して今あ母屋にいなさることは、これ、跡の向きを見りゃあ白痴《こけ》にもわからあ。もう一つの草鞋《わらんじ》ものは――。」
「へえ、あっし[#「あっし」に傍点]んでげす。」
 と声がして、この時、駒蔵身内の味噌松が流し元から顔を出した。喧嘩っ早い勘次はもう不愉快そうに外方を向いた。草鞋の来た道を蔵の前から彦兵衛は逆に辿って、右手の横町からこの時は坂本町の方へまで尾《つ》けて行っていた。
「おや、松さん。」と藤吉は愛想よく、「稼業柄《しょうべえがら》た
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