く東が白みかけたものの、起きている家はおろか未だ人っ子一人影を見せない。冷々とした朝風に思わず酔覚めの首を縮めて、紺結城《こんゆうき》の襟をかき合せながら藤吉は押黙って泥濘《ぬかるみ》の道を拾った。
「大分降りやした――気違え雨――四つ半から八つ時まで――どっ[#「どっ」に傍点]と落ちて――思い直《なお》したように止みやがった。へん、お蔭で泥路《しるこ》だ――勘弁ならねえ。」
勘弁勘次はこんなことを呟いて一生懸命水溜りを飛び越えた。藤吉は何か考えていた。
南茅場町の金山寺味噌問屋八州屋の女隠居が両三日|行方不識《ゆくえしれず》になっていること、これがこのごろ藤吉の頭痛の種だった。八州屋では親戚《しんせき》知人《しるべ》は元より商売筋へまで八方へ手分けして探したが杳《よう》として消息の知れないところから、合点長屋の釘抜親分へ探索方を持ち込んだのだったが、ここに藤吉として面白くないことは、桜馬場《さくらのばば》の目明し駒蔵の手先味噌松というのが金山寺味噌の担売《かつぎう》りをして平常八州屋へ出入りしているという因縁で、始めからこの事件《さわぎ》へ駒蔵が首を突っ込んでいることだった。しか
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