て引き出そうとする、出まいとする、その格闘《あらそい》の気勢《けはい》。と知るや、物をも言わずに味噌松は階下へ跳び下りる。
「あれいっ、幸ちゃん――。」
 立ち上るが早いか、おみつは血相かえて降口へ。
「待て。」
 藤吉が押えた。
「待て。よっく落ち着いて返答|打《ぶ》てよ。」
 と死物狂いのおみつを窓際へ引きずって行って、さらり[#「さらり」に傍点]と障子を開ければ鎧の渡しはつい[#「つい」に傍点]眼の下。烏の群が立っては飛び、疲れては翼を休める岸近くの捨小舟は――。
「ほかじゃあねえが、あそこにゃあああ[#「ああ」に傍点]いつも勘三郎がいますのかえ?」
「いいえ、ほんのこの二、三日。」
 と聞くより藤吉はおみつを促して、悠々と階下へ降りて行った。
 台所の板敷に若い男が平伏《ひれふ》している。
 裏通りの風呂屋の三助で、名は幸七、出来て間もないおみつの隠男《かくしおとこ》であった。肌の流しが取り持つ縁で二人はいつしか割りない仲となり、久松留守の札で良人の不在を知らせては、幸七を忍ばせて、おみつは不義の快楽《けらく》に耽っていたのだったが、昨夜も昨夜とて――。
「今朝早く帰るつもりでいますと。」幸七は額を板へ擦りつけて、「夜の明ける前にあの騒ぎなんで。表には小僧衆、裏へ出れば人がいるので、お神さんの智慧で、今までこの揚覆《あげぶた》の下にはいっていました。旦那に代ってお斬りになる分には文句もありませんが、人殺しだけは露覚えのないこと――。」
 おみつも並んで手を突いた。二人は泣声で申し開いた。密通の段は重々恐れ入るが、孫右衛門殺しは夢にも知らない。こう口を揃えて二人は交々《こもごも》陳弁《ちんべん》に努めた。
 味噌松が二人を調べていた。藤吉は黙って見ていた。彦兵衛を呼んで何事か囁いた。彦兵衛は愕いて訊き返した。藤吉が白眼《にら》んだ。
「承知しやした。」
 行こうとする彦兵衛を、それとなく藤吉は呼び停めて、
「在ったら口を割ってこいよ。いいか、口だぞ。」
 と、それから、荒々しく、
「包み隠さず申し立てりゃあお上へ慈悲を願ってやる。なに? やいやい、まだ知らぬ存ぜぬと吐《ほざ》きやがるか。」
 と二人の前へ立ち塞がったが、
「野郎、尻尾を出せ!」
 と喚きざま、突然足を上げて幸七の顔を※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]っと蹴った。おみつが庇《かば》お
前へ 次へ
全15ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング