芝の方を廻るとだけ言い置いて、いつものとおり鉄砲笊《てっぽうざる》を肩にして夜明けごろから道楽の紙屑拾いに出かけて行った。で、炊事の番に当った勘弁勘次が、昼飯《ひる》の菜《さい》に豆腐でも買おうとこうやって路地口まで豆腐屋を掴まえに出張って来たものの、よく読めないくせに眼のない瓦本《かわらぼん》でつい[#「つい」に傍点]髪結床へ腰が据わり、先刻から三人も幸町を流して行く呼声にさえ気のつかない様子。もう四つにも間があるまい、背戸口の一本松の影が、あれ、はい寄るように障子の桟へ届いている――。
「親分。」
 盲目縞をしっとり[#「しっとり」に傍点]濡らした葬式彦が、いつの間にか猫のように梳場《すきば》の土間に立っていた。
「彦か――やに早く里心がついたのう。」
 と藤吉は事もなげに流眄《ながしめ》に振り返って、
「手前、何だな、何か拾って来やがったな。」
「あい、聞込みでがす。」
 がばと起き上った勘次の眼がぎらり[#「ぎらり」に傍点]と光った。
「違えねえ」と藤吉は笑った。「さもなくて空籠で巣帰りする彦じゃねえからのう、はっはっは。」
「親分。」
「なんでえ?」
「お耳を。」
「大仰な。
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