裏の土間へはいると、突然、釘抜藤吉は破鐘《われがね》のように我鳴り立てた。
「寺社奉行の係合いを懼《おそ》れてか、それとも真実《まこと》和尚さんに暗え筋のあってか、ま、なんにしても、縁あらばこそ墓所で旅立った死人を、石垣下へ蹴転がすたあ、あまりな仕打ちじゃごぜえませんか。もし、あっし[#「あっし」に傍点]ゃあ八丁堀の藤吉でがす。」
 海の底のように寂然《しいん》としたなかで、藤吉の声だけが筒抜けに響く。はらはら[#「はらはら」に傍点]した提灯屋が思わず袖を引いた。
「親分――。」
「まあ、こちとらの方寸《むね》にある。」と、藤吉はまた一段と調子を上げて、
「不浄仏たあ言い条――おうっ、無縁寺ですかい? どなたもおいでにならねえんですかい?」
「はい、はい。」
 と、この時、力なく答えて奥の間から出て来たのはまだ年若い所化、法衣の裾を踏んで端近く小膝をつく。
「はい、仏間深く看経中《かんきんちゅう》にて思わぬ失礼――して何ぞ御用でござりまするか。」
「御住持は?」
「森元町の方に通夜に参って、昨夜五つ時から不在でござりまする。」
「五つ?」
「はい。」
「御住持のお姓名は?」
「下田|日
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