が言った。「見る気があったら見ておやんなせえ。」
顫える足に下駄を突っかけて、若僧はべそ[#「べそ」に傍点]を掻いて、駈け出そうとした。提灯屋が押えた。
「殺された女の情夫ってえのを、あんたは見たことがありますかえ?」
「見たことはありません、見たことはありません。」
「提灯屋、放してやれってことよ。」藤吉が嘯いた。「犯人なら先刻引き揚げてあるんだ。」
と、その言葉の終らないうちに、
「親分。」
裏口に大声がして、五尺八寸の勘弁勘次の姿が浮彫のようにぬう[#「ぬう」に傍点]っと現れた。
「勘か? 首尾は?」
「上々吉でさあ。」と弥造を振り立てて、「二つ三つ溜りを当るうちに、三軒家町の真中でぱったり出遇った。」
「今朝の癩病人《かってえぼう》にか?」
「あいさ。」
「うん。」
「あん[#「あん」に傍点]畜生、あんな面になりゃがったもんだから、秋月佐渡様のお部屋からずら[#「ずら」に傍点]かってくるところを、勘弁ならねえと掴めえて町内組へ預けて来やした。」
「風呂敷包みを抱えてたろう?」
「へえ、牛蒡の――。」
「干葉《ひば》と生姜《しょうが》の黒焼。」
と彦兵衛が後を引き取る。眼をぱちくり[#「ぱちくり」に傍点]させて勘次は黙った。
「ちったあ噛んだか。」と藤吉が訊く。
「なあに。」
手の甲の傷を舐めて勘次は笑った。
「番屋じゃあ引っ叩いて来たか。」
「へえ、あっさりとね。だが、親分、先様《さきさま》あ真悪《ほんわる》だ、すぐと恐れ入りやしたよ。へえ、あんまり骨を折らせずにね。」
「でかした。」
と一言いった藤吉は、さっさ[#「さっさ」に傍点]と戸外へ歩き出しながら、「昨夜、寺の門の傍でお新を待伏せ、坊さんとの手切れ話を持ち出したがお新がうん[#「うん」に傍点]と言わねえので、坊さんをつれ出しに庫裏へはいりこんだものの、闇黒《くらがり》で庖丁《ほうちょう》を掴んで気が変ったと吐かしたか。」
「へえ、そのとおりで。それから――。」
「それから先は見たきり雀よ。なあ、墓でお新に引導渡し――。」
「ええっ!」
提灯屋始め、佐平も彦兵衛も愕然として藤吉の背後《うしろ》姿を凝視めた。藤吉は振り返って、
「その癩病人てえのがお新女郎の情夫よ――森元町の他に新仏《にいぼとけ》がもう一つ、いやさ、二つかも知れねえ。佐平どん、お忙しいこったのう。」
火消しの一人があたふ
前へ
次へ
全14ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング