題はいつもと同じに金の無心から始まった。金子の入要な旅先のことではあり、そうかと言って拒絶《ことわ》れば後が怖いし、ほとほと困じ果てた助三郎は、言われるままにお召の上下を脱ぎ与えて栄太と衣裳を交換したのであった。が、栄太の助けに力を得て、お銀はいっそう甲府落ちを拒み出した。平素からの疑いが確かめられたように感じて、助三郎は思わずかあっ[#「かあっ」に傍点]となった。醜い争いが深夜まで続いた後、折柄|篠《しの》突くばかりの土砂降りの中をお銀は戸外へ不貞腐れて出たのだった。後を追って助三郎が格子へ手を掛けた時、雨に濡れた冷たい刃物が彼の脾腹《ひばら》を刳《えぐ》った。一切の物音は豪雨が消していた。それから後の姦夫姦婦の行動は釘抜藤吉の推量と符節を合わすように一致していて、時の奉行も今さら藤吉の推理力に舌を巻いたのであった。
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安政四年十二月白洲に於て申渡し左の通り
     馬道無宿  栄太  三十六歳
其方儀弟妻阿銀と密通致し其上阿銀の悪事に荷担致し候段重々不届に付町中引廻しの上浅草に於て獄門申付くる事
     竜泉寺町  ぎん  二十四歳
其方儀夫兄栄太と密通致
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