足跡らしい泥の印されてあるのがかすかながらも認められた。藤吉は外側に立って指を開いてその寸法を計ると、今度は一尺ほど格子を離れてその地点と格子の泥跡とを眼で一直線に結びつけて、しゃがんで横から眺めていたが
「犯人《ほし》は――。」
 と言いかけて勘次の耳を引っ張りながら、
「――小男だぜ。優型の、背丈はまず四尺と七、八寸かな。」
 今さらながら呆然として勘次は藤吉の顔を凝視めていた。群集の向うに葬式彦兵衛の顔を見つけると、つかつか[#「つかつか」に傍点]と歩み寄って藤吉は低声でささやいた。
「一足さきへ番屋へ行って三吉に渡りをつけておきねえ。おいらもすぐお前の跡を追っかけるからな。」
 が、再び家の中へ引き返した釘抜藤吉は台所の板の間に凝然《じっ》と棒立ちになって、天井を見上げたまま動こうとはしなかった。凍りついたように天井板の一点から彼の視線は離れなかった。そこに、雨洩りの模様に紛れて羽目板の合せ目に遺っているのはたしかに血の拇指の跡であった。
 公儀役人の引き揚げた後で番屋はわりにひっそりしていた。煙草の火に炭団《たどん》を埋めた瀬戸の火桶を中に、三吉、伊勢源、それから下っ引彦兵衛
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