から上へと、糊と奉書で貼りかため、そいつがうずたかい層をなしているんだから、ちっとやそっとではうまく剥がれっこありません。
 もし小刀の先で傷つけでもしようものなら、元も子もなくなる……。
 上から削るように、紙を剥がしてゆく老人のしわ深い額には、水晶のような汗の玉が――そしてまた、その愚楽の手もとを見守る八代将軍吉宗様と、大岡越前守の手にも、いつのまにか汗が握られているので。
 壺一つを中に、当時天下をおさえた三賢人の吐く息が、刻々熱く、荒らくなる。
 物事の肝どころをツボと言いますが、それは、このこけ猿の茶壺から起こったのです。
「紙というものは……こうしてみると――わりかた……丈夫な――ものとみえる」
 愚楽老人、そう一言ひと言、切って言いながら、心気のすべてを小刀のさきに集めて、一生懸命、
「世辞をかためて浮気でこねて――じゃアねえ、糊でかためて時代がたって……まるで岩のようじゃわい」
 と愚楽、あまりに緊張しすぎた室内の空気を、笑いほごそうとするかのように、そんなことを言った。
 が、その気分の緩和策も、なんの役にもたたない。
 紙はめくり進んで、もう柳生時代のころに達したら
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