「そう……かもしれません」
「かもしれんではないぞ、愚楽。柳生はああいう武弁一方の貧乏藩じゃが、先祖の隠した大金がある。それをそのままにしておいては危険じゃから、日光を当てて吐き出させてしまえ――と、余に向かってそう進言したのは、愚楽、其方《そち》ではないか」
「ヘエ、上様のおっしゃるとおりで」
「ヘエではないぞ。それで、ああして柳生の金魚を死なしたのじゃが、日光をふり当てられた柳生では、一風とやら申す茶師の言《げん》を頼りに、それ以来、死にもの狂いでこれなるこけ[#「こけ」に傍点]猿の壺の行方をさがし求めてきた……これ、その壺をいまあけてみれば、ただ空気がはいっているだけとは、愚楽、これはすべて貴様の責任だぞ」
 むりな理屈だが、楽しみにしていた壺をひらいてみると、何も出てこないので、吉宗公、ちょっと駄々《だだ》をこねはじめたのかもしれない。将軍をはじめ、昔の大名なんてものは、みんな、子供のようなわがまま者が多かった。
 あわてるかと思うと、さにあらず、愚楽老人は平然として、
「上様、蓋をまだお持ちでございますな」
 ときいた。
 なるほど……気がつくと、八代様はさっき蓋をあけた
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