ちなせえ」
「オオオ、そうだ。こけ猿――ウウム、こけ猿を……!」
 と、思い出したように、左膳がうなった。

       六

 引き潮、満ち潮……。
 港の岸に立って、足もとの浪を見おろす人は、その干満の潮にのって、いろいろの物が流れよっているのを見るであろう。
 緒《お》の切れた下駄、手のとれた人形、使いふるした桶《おけ》、など、など、など……そのすべてが、人間の生活に縁の近いものであることが、いっそう奇怪な哀愁感をよぶ。
 港の潮は、何をただよわしてくるかしれない。
 大江戸は、人間の港なのだった。
 海に、港に、潮のさしひきがあるように、この大江戸にも、眼に見えない人間のみち潮、ひき潮――。
 お美夜ちゃんという小さな人間の一粒が、こけ猿の壺をしょって飛ぶ鳥を落とすお奉行大岡越前守様のお前に現われたのも、その人間の港の潮のなす、ふしぎな業《わざ》であったといえよう。
 また。
 自分の背中の、きたない古い茶壺のなかに、そんな何百人、何千人の大人たち――伊賀の侍たちをはじめ、こわいお侍《さむらい》さんの大勢に、こんな生き死にの騒ぎをさせるような、巨万の財宝がかくされてあろうなど
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