ンガリ長屋のあぶなっかしいどぶ板を踏んではいって行ったのは……。
お忍びらしい覆面、無紋の着流しに恰幅《かっぷく》のいいからだをつつんだ武士だ。いかにも、大身らしいようす。
路地の入口に残された伊吹大作――南町奉行大岡越前守手付き……が、きっとあたりに気を配りながら、そっと上眼《うわめ》づかいに、その後ろ姿を見送っているところから見ると、この覆面の侍は、よほど大作の上役……ないしは主筋に当たる人らしい。
軒なみに、長屋の一軒一軒をのぞきながら、進んでゆくその無紋着流しの侍は、やがて、路地の中ほど、作爺さんの家の前まで来ると、そっと忍びやかに格子をあけて、
「お美夜という女の子は、いるかの」
ちょうどあがり框《がまち》に膝ッ小僧をかかえていたチョビ安が、
「お美夜ちゃんは、日光へ行っていねえや。おめえは誰だい。人の家にへえって来るなら、かぶりものを取んなよ」
覆面の侍は、そう言うチョビ安を無視して、
「なに、日光へ行ったと? それは弱ったな、約束があって来たのじゃが」
その声を聞きつけた泰軒、大の字なりに寝そべっていたのが、おきあがって、土間へ首をのばし、
「おお! 貴公は、
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